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起業塾
通産官僚、大学教授、参議院議員と様々な視点から国内外のベンチャー企業を見つめ続けた藤末健三氏が語る起業の『志』とは?起業を志す全ての人へのメッセージ。

- 【プロフィール 】
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- 民主党
- 参議院議員
- 藤末健三 [ ふじすえ・けんぞう ]
- 1964年年生まれ 熊本出身
1964年:熊本県熊本市に生まれる。
1982年:熊本高校卒業後、東京工業大学に入学。
1986年:通商産業省(現在の経済産業省)へ入省。
1991年:妻と結婚。現在、2女1男の父親である。
1994年:アメリカへ海外留学。マサチューセッツ工科大学(MIT)、ハーバード大学の両方から修士号を取得。
1996年:留学中にプロボクシングライセンスを取得する。
1999年:東京工業大学で学術博士号(Ph. D)を取得する。
1999年:東京大学講師となる。(2000年には、助教授になる。)
2004年:東京大学を退職し、政治の道を志す。
2004年:7月の参議院選挙にて、全国比例区より選出され、参議院議員となる。
現在、神奈川県川崎市在住。
藤末健三公式ブログはこちら
vol.25(2008/4/15)謀攻篇(2)
二 損失を伴わずに事業を成功させるべし
故上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城、攻城之法、爲不得已、修櫓轒轀、具器械、三月而後成、距闉又三月而後已、將不勝其忿、而蟻附之、殺士三分之一、而城不拔者、此攻之災也、故善用兵者、屈人之兵、而非戰也、拔人之城、而非攻也、毀人之國、而非久也、必以全爭於天下、故兵不頓、而利可全、此謀攻之法也、
故に上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は、已むを得ざるが為めなり。
櫓・フン[車賁]オン[車温-水]を修め、器械を具うること、三月にして後に成る。踞[キョ]イン[門西土]又た三月にして後に已わる。将 其の忿[いきどお]りに勝[た]えずしてこれに蟻附[ぎふ]すれば、士卒の三分の一を殺して而も城の抜けざるは、此れ攻の災いなり。
故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも而も戦うに非ざるなり。人の城を抜くも而も攻むるに非ざるなり。人の国を毀[やぶ]るも而も久しきに非ざるなり。必らず全きを以て天下に争う。
そこで、最上の戦争は敵の策謀を打ち破ること、その次は敵と他国との同盟を阻止すること、その次が実践に及ぶこと、最も拙劣なのが城攻めである。城攻めは止むを得ないときに限る。櫓や城攻めの装甲車を作り、またその他の攻め道具を準備するのは、三ヶ月かかってはじめてでき、城攻めのための土塁の仕上がりはさらに三ヶ月かかって終わる。将軍がじりじりして怒りを抑えきれずに総攻撃をしかけ、兵士を城壁に蟻のようによじのぼらせて、全軍の三分の一も失いながら、なお城が落ちないというのは、これこそ力で攻め立てることの弊害である。だから、戦いに巧みな者は他国の兵を屈服させても、戦闘をしてのうえではなく、他国の城を落としても、攻め立てての上ではなく、他国を滅ぼしても、長期戦によってそうするのではない。つねに自国を完全な状態に保持しておいて、天下に覇権を争うわけで、したがって、軍隊を疲弊させることもなく、利益をまるまる受け取ることができるのである。これが謀で攻めることの原則である。(町田先生訳)
ライバル企業のマーケットに攻め込むときには、城攻めと同じとなります。
装甲車を整備し、準備に三カ月もかかり、攻撃のための拠点を作るのに同様に三カ月かかりやっと準備ができます。
もし、準備を十分にせずにマーケット攻略を行うと、兵士はアリのように城壁をよじ登ること、つまり営業員が死に物狂いで働くことになります。そして、兵員の三分の一が戦死する。
これが城攻めということです。
私はこの城攻めがライバル企業の強固なマーケットに挑むことと同じように思えます。
80年代末から90年代にかけて日産が犯した間違いとして、トヨタの顧客に食い込もうとしたというのが指摘されます。
ライバル企業の強いところを攻めるのではなく、弱いところ、または、全く敵がいないところ=新市場に攻め込むことが事業の成功を生むのではないでしょうか。
そうすれば長期戦にならず、経営資源を保全したまま、事業をなすことができると孫子は指摘するのではないかと考えます。


